
有田焼と聞くと、多くの人は窯元や絵付師の姿を思い浮かべるかもしれません。
しかし、その美しい色彩を支えているのは、器になる前の素材にもあります。佐賀県有田町にある株式会社深海商店は、呉須(ごす)や釉薬、色絵具を製造する原料メーカーです。深海家の歴史は、有田焼が誕生した17世紀初頭にまで遡り、420年以上にわたって有田焼の「色」を支え続けてきました。
今回、13代目・深海宗佑さんの案内のもと、呉須づくりの現場を訪問させていただきました。1ミクロンまで磨き上げられる顔料づくりの技術。そして、その技術を未来へつないでいくための挑戦についてお話を伺いました。
深海商店について
佐賀県有田町にある株式会社深海商店は、呉須(ごす)・釉薬(ゆうやく)・色絵具を製造する原料メーカーです。
有田焼の器づくりは、土づくり、成形、焼成、絵付けなど、多くの工程が分業によって支えられています。そのなかで深海商店は、「色」の原料づくりを担う存在です。主力商品である呉須は、有田焼を代表する染付の青を生み出す顔料。現在は約300種類以上を展開し、全国の窯元や陶芸家へ提供されています。
深海家の歴史は、有田焼が誕生した17世紀初頭にまで遡ります。
もともとは代々焼き物づくりに関わりがある家系でしたが、戦後、有田焼の売り上げが落ち込んだことを機に、宗佑さんの祖父の代で呉須・釉薬づくりの事業をされています。
コーポレートサイト:https://enogu-fukaumi.co.jp/
オンラインショップ:https://shop.enogu-fukaumi.co.jp/
13代目・深海宗佑さん

「うちの先祖、韓国ドラマに出ているんですよ」と、宗佑さんは最初に話してくださいました。
深海家の始まりは、豊臣秀吉の朝鮮出兵によって日本へ渡った陶工の一族に遡ります。初代は、有田焼の始祖の一人とされる百婆仙(ひゃくばせん)。その名は有田駅側の石像にもなっており、韓国ではその生涯がドラマ化されるほど知られた存在です。
宗佑さんは東京のコンサルティング会社に入社し、経営コンサルタントとして働きました。そして2021年、有田へUターンします。

「1630年代にうちの先祖が描いたとされる 陶片があるんです。白鷺が描かれていて。その日の朝、同じ川で白鷺を見かけて、僕も写真を撮っていたんですよ。」
時代が変わっても、人が心を動かされるものは変わらない。そのことを実感したのだそうです。まるで400年という時間を超えて、同じ景色を見ていたかのような出来事だったそうです。
この様な出来事が積み重なり、宗佑さんは400年以上続く歴史を、自分自身の物語として捉えるようになったと話されました。
宗佑さんのお話を聞きながら、残したいのは、呉須や釉薬だけではないだろうと感じました。美しいものに心を動かされること。それを作品として誰かに伝えたくなること。
これがまた他の人の心を動かし、色を見た時の感動にもなるのだと思います。
最高の呉須をつくる


深海商店の主力商品のひとつが、有田焼の「青」を生み出す呉須です。
呉須とは、酸化コバルトを主成分とし、鉄やマンガン、クロムなどを調合してつくられる顔料のこと。染付と呼ばれる絵付けに使われ、有田焼を象徴する青色を生み出します。
現在、深海商店では約300種類の呉須を製造しています。
まず原料を調合・混合し、一度焼成。その後に粉砕します。さらに石と水を加え、2週間かけて24時間連続で湿式粉砕を行います。水切りと再粉砕を経て、最後に行うのが「石臼摺り(いしうすすり)」です。江戸時代から続く技法で、大理石の台の上でさらに細かく磨き上げていきます。
調合から出荷までにかかる期間は約1か月。
そうして完成した呉須の粒子径は、わずか1マイクロメートル。1ミリの1000分の1という世界です。
「私、腕が上がったと勘違いするくらい描き心地が違う」
そう陶芸家から言われることもあるそうです。2025年には同業他社の事業を承継し、西日本で呉須を製造する会社は深海商店のみとなりました。有田焼の青は、職人の技術だけでなく、その技術を支える素材づくりによって生み出されているのです。
まるでアートのような色の展示


特に目を引いたのが、色見本のサンプルでした。
整然と並ぶ無数の色彩は、まるでアート作品のような美しさです。
一つひとつのサンプルには、素材の配合や焼成条件の違いが記録されています。同じ原料を使っていても、焼成温度や空気量によって発色は大きく変化するためです。
印象的だったのは、窯業関係者だけでなく一般の来訪者にも、この世界を開いていることでした。

本来であれば専門家しか目にする機会のない色の世界。しかし深海商店では、その背景にある技術や考え方まで含めて伝えています。
私自身、釉薬や呉須の専門知識があるわけではありません。それでも、美しい色に魅せられ、展示された歴史にロマンを感じ、元素レベルから色を探究してきた人々への知的好奇心がかき立てられます。
わからないからこそ、もっと知りたくなる。その入口が用意されていることに価値があるのだと思いました。

実際、深海商店では書籍も出版されており、専門家以外の方からの購入も多いそうです。技術を見せることは、技術を好きになる人を増やすことでもあるのです。


「呉須」×_.(ゴスカケル)
有田焼の伝統的な青色の絵具「呉須」と異素材を掛け合わせる取り組みが、「呉須×_.(ゴスカケル)」です。
これまでにアパレル、ジュエリー、家具などとのコラボレーションを通じて、呉須の新たな魅力を発信してきました。
有田焼に触れたことのない人にも、その魅力を届けたい。
そんな想いから宗佑さんは、焼き物の枠を超えた挑戦を始めました。呉須と定着剤を混ぜ合わせ、生地に染み込ませることで生まれる独特の青色。洗濯を繰り返しても色落ちしにくいのだそうです。焼き物の素材として使われてきた呉須が、今度は衣服として人の日常へ入っていきます。400年以上受け継がれてきた「青」を、焼き物の外へ届ける試みでもありました。
技術と歴史を語ることが熱をつなぐ


「うちは有田焼の変化期に活躍した家系じゃないかなと思っているんです。有田焼が始まった時、明治の国が開けた時、戦後に売り上げが落ち込んだ時。そのたびに先祖は選択をしてきた。僕も今、そうありたいと思っています。」
宗佑さんの言葉が印象的でした。
「今のペースでは有田焼はなくなってしまうと思っています。分業制のメリットは、それぞれの工程に高いスキルを持ったプロフェッショナルがいることです。でも売上が立たなければ、素材業から順番に廃業していく。呉須づくりなら、うちがいなくなれば日本で一番の品質のものが使えなくなる。そうやって有田焼は徐々になくなってしまうんじゃないかと思うんです。」
だからこそ宗佑さんは、原料づくりを続けるだけでなく、「呉須×_.」やワークショップといった取り組みを通じて、有田焼の新たな入口をつくろうとしています。
日本のものづくりは、長い年月をかけて築かれた分業によって支えられてきました。
焼き物に限らず、それぞれの工程を担う専門家たちが地域に根付き、高い品質と再現性を生み出してきたのです。
宗佑さんのお話を聞きながら考えたのは、技術そのものと、それを語る人の存在が大切だということです。
優れた技術があっても、その価値は見えなければ伝わりません。有田焼には、土をつくる人、成形する人、焼く人、絵を描く人、そして色をつくる人がいます。深海商店は、そのなかでも普段は表に出にくい「色の原料」を担う存在です。420年受け継がれてきた青は、焼き物の色である前に、人から人へと手渡されてきた研究の色でもあるように感じました。ぜひ一度、宗佑さんに会いに有田を訪れてみてください。そして、器の奥にある「色」の物語にも触れてみてください。
HONE/亀元
ほねろぐとは
株式会社HONEは地方に足を運び、先人たちが紡いできた伝統や、未来に残したい景色を記録します。
いつのまにか、地方の「ほんと」の姿が見えてくる。
町の暮らし。人々の想い。仕事の 姿勢。
忙しない日常で忘れ去られた豊かさが、そこには息づいています。
気づけば、地方が近くなる。
現場でしか得られない骨太な体験を、お届けしていきます。
株式会社HONEについて

HONEでは、地方企業さまを中心に、マーケティング・ブランド戦略の伴走支援を行なっています。事業成長(ブランドづくり)と組織課題(ブランド成長をドライブするための土台づくり)の双方からお手伝いをしています。
大切にしている価値観は「現場に足を運ぶこと」です。土地の空気にふれ、人の声に耳を傾けることから始めるのが、私たちのやり方です。
学びや知恵は、ためらわずに分かち合います。
自分の中だけで完結させず、誰かの力になるなら、惜しまず届けたいと思っています。
誰か一人の勝ちではなく、関わるすべての人にとって少しでも良い方向に向くべく、尽力します。地域の未来にとって、本当に意味のある選択をともに考え、かたちにしていきます。


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