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「カチャン」の音をもう一度。柳川の原風景を未来へ繋ぐ、鉄工所の挑戦。【福岡県柳川市_株式会社石橋鉄工所】

公開日:

2026年8月10日

最終更新日:

2026年8月14日

「カチャン」の音をもう一度。柳川の原風景を未来へ繋ぐ、鉄工所の挑戦。【福岡県柳川�市_株式会社石橋鉄工所】

2026年7月14日、福岡県筑後地区。真夏の陽射しが照りつける昼下がり、とある倉庫のシャッターがゆっくりと開きました。


薄暗い空間の奥に眠っていたのは、一台のせんべい焼き機械。長年の煤で黒く染まった鉄の表面には、幾度となく火が入り、使い込まれてきた歳月が刻まれていました。慎重にワイヤーが掛けられ、クレーンでゆっくりと吊り上げられていく機械。その重厚な姿を目の前にした瞬間、思わず息をのみました。


まだ動いている姿は見ていない。それでも、せんべいを焼きながら「カチャン」と軽快な音を響かせる光景を、自然と思い浮かべていました。


この日は、ただ古い機械を運び出す日ではありません。長い眠りについていた一台の機械が、柳川の記憶を未来へつなぐ挑戦の第一歩を踏み出した日でした。



プロジェクト発起人「株式会社石橋鉄工所」について


この挑戦を中心となって進めているのが、福岡県柳川市にある株式会社石橋鉄工所です。

石橋鉄工所は、鋳物や鍛造品、製缶物などの精密な金属加工を得意とする技術派の鉄工所。近年では自社ブランド「unimet(ユニメット)」を通じて、金属の魅力を伝える雑貨やアクセサリーなどのライフスタイル製品の開発・販売にも取り組んでいます。


確かな技術力とものづくりへの情熱を持つ彼らが、なぜ今、古いせんべい焼き機械の修復に乗り出したのでしょうか。



川下りせんべい復活プロジェクト


「はりまや」の手焼きせんべい機械をもう一度動かし、柳川の新たな賑わいを生み出したい。そんな想いから始まったのが、本プロジェクトです。

中心となっているのは、福岡県柳川市の精密金属加工会社・株式会社石橋鉄工所です。高精度な旋盤加工を得意とし、自社ブランド『unimet』なども手掛ける同社ですが、この修復プロジェクトは一社だけで実現できるものではありません。せんべい機械は部品も大きく、修復には加工や設計、安全性の検証など、さまざまな専門技術が必要になります。


左:CC-NET会長/中島鉄工株式会社代表・中島幸徳さん 右:株式会社石橋鉄工所代表・石橋輝喜さん
左:CC-NET会長/中島鉄工株式会社代表・中島幸徳さん 右:株式会社石橋鉄工所代表・石橋輝喜さん

そこで力を合わせるのが、石橋鉄工所を始めとする、筑後地域の鉄工業やものづくり企業37社が参画する、CC-NET(筑後クリエイティブネットワーク)です。それぞれの企業が持つ技術や設備、得意分野を生かしながら、一つのプロジェクトを形にしていきます。

目指しているのは、単に機械を復活させることではありません。柳川で長く愛されてきた「はりまや」の記憶を未来へ受け継ぎながら、筑後エリアの企業が力を合わせることで、新たな地域の賑わいを生み出すこと。そして、鉄工所や製造業をもっと身近で魅力ある仕事として知ってもらうことです。

一台のせんべい機械の復活をきっかけに、地域とものづくりをつなぐ、新たな挑戦が始まっています。



カチャンと鳴る、柳川の原風景


福岡県柳川市で創業し、60年以上にわたり地元の人々や観光客に親しまれてきた手焼きせんべい店「はりまや」。看板商品の「川下りせんべい」は、水郷・柳川を訪れる観光客のお土産としてはもちろん、学校帰りの子どもたちのおやつとしても愛され、街の日常に寄り添い続けてきました。


倉庫から出てきたはりまやの写真
倉庫から出てきたはりまやの写真

しかし、店主の高齢化などを理由に、2022年5月31日、多くの人に惜しまれながら閉業。店の灯りとともに、香ばしいせんべいの匂いや、機械が「カチャン」と音を立てながら回る風景も、柳川の街から姿を消しました。


「特別な思い出があるわけじゃないんですよ。」そう笑みを浮かべながら話してくださったのは、石橋鉄工所のアトツギ社長の石橋輝喜さんです。

「でも、柳川の祭り『沖端水天宮祭』に行くと、いつもカチャンという機械の音が聞こえてきたんです。その音を聞くと、お祭りに来たなって感じていました。」


柳川の人々にとって、その音は単なるせんべいを焼く音ではありません。祭りの賑わいや街の空気とともに記憶に刻まれた、柳川の原風景の一つでした。



機械搬出の様子
機械搬出の様子

当時は、店で子どもたちが自分の手でせんべいを焼く体験も行われていたそうです。香ばしい匂いに包まれながら、焼き上がるのを待つ時間。手に伝わる鉄の重み。そして、機械が刻む軽快な音。


特別な出来事があったわけではなくても、そこには人々の暮らしがありました。はりまやは、せんべいを売る店というだけでなく、人が集い、会話が生まれ、柳川の日常を支える大切な場所だったのです。



「機械が泣いている。」ー機械との出会い


はりまやの閉業後、長年使われてきたせんべい機械は役目を終え、静かな倉庫の奥へと運ばれました。一時は処分も検討されたといいますが、店主の息子さんや地域の人々にとって、それは家族の暮らしを支え、柳川の思い出を焼き続けてきた大切な機械でした。


倉庫に眠っていたせんべい機械
倉庫に眠っていたせんべい機械

この機械を、なんとか残せないだろうか。


その想いは、巡り巡って石橋鉄工所へと届きます。しかし、60年以上前につくられた機械の修復は容易ではありません。大型の部品も多く、専門知識も必要なため、一社だけで対応するには限界がありました。


そこで相談を受けたのが、筑後地域の鉄工業やものづくり企業37社が参画する、CC-NET(筑後クリエイティブネットワーク)の会長であり、中島鉄工株式会社の代表を務める中島幸徳さんです。


CC-NET会長/中島鉄工株式会社代表・中島幸徳さん
CC-NET会長/中島鉄工株式会社代表・中島幸徳さん

「機械が泣いている。倉庫の扉を開けて真っ暗な奥を見たとき、ぽつんと置かれた機械がなんだか寂しそうに見えたんです。」


そう振り返る中島さんの言葉に、私は思わず耳を傾けました。「機械が泣いている」という、どこか擬人的で温かい表現が、とても印象に残ったからです。

職人にとって機械は、単なる鉄の塊ではありません。長い年月をともに働き、誰かの暮らしを支えてきた相棒のような存在です。だからこそ、静かな倉庫に置かれたその姿が、「泣いている」ように映ったのかもしれません。


せんべい機械
せんべい機械

長年使われてきた、せんべい機械には、錆びや傷だけでなく、店主が重ねてきた歳月や、焼きたてのせんべいを頬張る子どもたちの笑顔も刻まれているように感じます。


「もう一度、この子に火を灯して、街の真ん中で動かしてあげたい。」

中島さんの一言から、長い眠りについていたせんべい機械の時間が、静かに動き始めました。



せんべい機械復活の鍵


今回のプロジェクトのキーマンである中島鉄工株式会社は、筑後地区で「街の機械の病院」とも呼ばれる存在です。メーカーでも修理が難しい古い機械や、複雑で手間のかかる修理の相談が、日々持ち込まれています。機械の病院である工場に伺いお話を聞くと、社長の中島幸徳さんは、ものづくりへの想いをこう語ってくださいました。


中島鉄工株式会社
中島鉄工株式会社

「量産で同じものを作り続けるのもいいですが、どうやって直そうか、どう加工しようかと頭をひねる仕事の方が面白いんですよね。どこへ行っても断られて困り果てたお客さんが、最後に『ありがとう』って笑顔になってくれる。それが僕たちにとって何よりの喜びなんです。」


その言葉を聞きながら、改めて目の前のせんべい機械に目を向けました。現代の全自動機とは違い、重厚な鉄の質感をまとったその機械は、焼き板が回転するたびに「カチャン」と心地よい音を響かせます。武骨でありながら、どこか愛嬌も感じられる佇まいに、思わず見入ってしまいました。


せんべい機械の動きを確かめる様子
せんべい機械の動きを確かめる様子

まだせんべいを焼いている姿は見られていません。それでも、焼き板が回転し、軽快な音を響かせながら焼き上げる光景を、自然と思い浮かべていました。火加減を調整しながら、一枚一枚丁寧に焼き上げていく。その姿を想像すると、この機械は単なる工業製品ではなく、職人の技を引き出すための道具なのだと感じます。



駅前に灯る、新しい風景


「ただ古いものを復元するだけではなくて、この機械を中心に、人が集まる新しい柳川の風景をつくりたいんです。」


石橋鉄工所・石橋香織さん
石橋鉄工所・石橋香織さん

そう語るのは、石橋鉄工所の石橋香織さんです。香織さんは、柳川の玄関口である西鉄柳川駅前で、復活したせんべい機械を活用したカフェ兼ショールームの出店を構想しています。駅を訪れた人が香ばしい匂いや「カチャン」という機械音に足を止める。そんな柳川らしい風景を、もう一度生み出そうとしています。


この構想は、「福岡よかとこビジネスプランコンテスト」で大賞を受賞した事業プラン「IRON SWEETS(アイアン・スイーツ)」にもつながっています。石橋鉄工所の金属加工技術と柳川の食文化を掛け合わせ、新たな地域の魅力をつくる挑戦です。


【福岡よかとこビジネスプランコンテスト】



石橋鉄工所が展開する自社ブランド「unimet(ユニメット)」
石橋鉄工所が展開する自社ブランド「unimet(ユニメット)」

中心となるのは、はりまやのせんべい機械による実演販売です。さらに、地域のものづくり企業との連携や、石橋鉄工所が展開する自社ブランド「unimet(ユニメット)」で培ってきた経験を生かし、柳川まりをモチーフにしたオリジナルの焼き型を製作。地元産の小麦やあまおう苺を使ったベビーカステラなど、新たな名物づくりにも挑戦する予定です。


焼き体験のワークショップや、地域の人が集えるカフェバーなど、ものづくりを起点に人と地域がつながる場所を目指しています。


「鉄工所も、かっこよく見られたいよね。」


株式会社石橋鉄工所代表・石橋輝喜さん
株式会社石橋鉄工所代表・石橋輝喜さん

取材の最後、石橋鉄工所の石橋輝喜さんが、ぽつりとこぼしたその一言が、今も印象に残っています。鉄工所と聞くと、「汚い」「きつい」「危ない」。以前に比べればイメージは変わりつつあるものの、今もなおそんな先入観を持つ人も少なくありません。


だからこそ、このプロジェクトは、せんべい機械を復活させることだけが目的ではありません。地域の人が鉄工所を訪れ、職人の技術に触れ、「ものづくりって面白い」と感じてもらうこと。そして、子どもたちが「こんな仕事をしてみたい」と憧れを抱くきっかけをつくること。その想いも、この挑戦には込められています。


一台のせんべい焼き機械から始まった挑戦は、柳川の賑わいを取り戻すだけでなく、筑後エリアのものづくりの魅力を発信する、新たな一歩になろうとしています。



あとがき


暗い倉庫の中で静かに眠っていた一台のせんべい焼き機械。その姿に目を留め、「もう一度動かそう」と立ち上がった職人たちを取材しながら、ものづくりの根底にある溶鋼のような情熱に触れた気がしました。


せんべい機械
せんべい機械

効率やスピードが求められる時代だからこそ、古い機械を一つひとつ分解し、磨き、足りない部品は新たにつくり直していく。その営みは、一見すると遠回りに映るかもしれません。

けれど、そこには過去の手仕事への敬意と、この機械に刻まれた柳川の記憶を未来へつないでいきたいという強い想いがありました。そしてもう一つ、自分たちの技術で地域をもっと面白くしたい、鉄工所やものづくりの魅力を次の世代へ届けたいという挑戦も、このプロジェクトには込められています。


2026年9月にはクラウドファンディングが始まる予定です。修復された機械が再び「カチャン」と軽快な音を響かせ、香ばしい香りが柳川の街に広がる日。その音は、懐かしい記憶を呼び覚ますだけでなく、筑後エリアのものづくりが描く新しい未来の始まりを告げる音になるのかもしれません。


HONEインターン/森



ほねろぐとは


株式会社HONEは地方に足を運び、先人たちが紡いできた伝統や、未来に残したい景色を記録します。

いつのまにか、地方の「ほんと」の姿が見えてくる。


町の暮らし。人々の想い。仕事の姿勢。

忙しない日常で忘れ去られた豊かさが、そこには息づいています。

気づけば、地方が近くなる。

現場でしか得られない骨太な体験を、お届けしていきます。



株式会社HONEについて


HONEの流儀
HONEの流儀

HONEでは、地方企業さまを中心に、マーケティング・ブランド戦略の伴走支援を行なっています。事業成長(ブランドづくり)と組織課題(ブランド成長をドライブするための土台づくり)の双方からお手伝いをしています。

大切にしている価値観は「現場に足を運ぶこと」です。土地の空気にふれ、人の声に耳を傾けることから始めるのが、私たちのやり方です。


学びや知恵は、ためらわずに分かち合います。

自分の中だけで完結させず、誰かの力になるなら、惜しまず届けたいと思っています。

誰か一人の勝ちではなく、関わるすべての人にとって少しでも良い方向に向くべく、尽力します。地域の未来にとって、本当に意味のある選択をともに考え、かたちにしていきます。

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