.png)
2026年8月3日、静岡県牧之原市にある伊藤園の静岡工場を訪ねました。きっかけは、先日静岡市の老舗料亭・浮月楼で開催された「静岡茶と和食のフードペアリング研究会」です。
「料理とお茶を組み合わせることで、無料で提供されることも多いお茶の価値を、どう高められるのか」
そんな問いから、和食とさまざまな静岡茶を組み合わせ、味わいの変化や相性、今後のメニュー化の可能性を探った研究会です。その場で、株式会社伊藤園の田中通直さんに声をかけていただき、今回の「伊藤園静岡工場」の見学が実現しました。
普段何気なく飲んでいる静岡のお茶。そのお茶がどのようにつくられ、どう守られているのか。現場を見て、話を聞くことで、お茶の見え方が変わった一日でした。
伊藤園 静岡工場について

伊藤園静岡工場では、緑茶原料の仕上加工をはじめ、リーフ緑茶や粉末茶、ティーバッグ製品などの製造が行われています。私たちが普段手に取る「お〜いお茶」のような商品も、こうした工程を経て全国へ届けられています。
工場では、茶葉の状態を見極めながら仕上加工を行い、その後の商品への包装までを担っていました。施設の一つである「抹茶工房」では、年間600t規模の製造能力を備え、世界的に高まる抹茶需要にも対応しています。さらに、粉末茶の包装や麦茶ティーバッグの製造、コーヒー原料の加工など、幅広い製品を扱っているのも特徴です。また、敷地内にはグループ会社であるTULLY'S COFFEEの工場もあります。
伊藤園は、国内の荒茶生産量の20%以上を取り扱う国内トップクラスの茶葉取扱量を誇ります。近年は、世界的な抹茶ブームや海外での日本茶需要の高まりにより、緑茶原料を取り巻く環境も大きく変化しています。
そうした需要の変化に対応しながら、より効率的に、そして安定した品質でお茶を届ける。静岡工場は、伊藤園のお茶づくりを「つくる」「研究する」「守る」という複数の側面から支える重要な拠点となっています。
五感で守る伝統の味
案内していただいた緑茶仕上加工工場で、まず気がついたのは、お茶の香りでした。工場の中に入ると、青々としたお茶の香りが広がっています。普段、ペットボトルや急須から感じる香りとは少し違います。大量の茶葉が一度に扱われているからこそ、香りそのものに迫力があります。工場いっぱいに広がるお茶の香りに、「ここはお茶をつくる場所なんだ」と身体で感じました。

そんな香りに包まれながら工場内を歩いていると、田中さんからこんなクイズが。
「この工場、何人で管理していると思いますか?」
目の前には、大きな機械がいくつも並び、大量のお茶が次々と製造されています。これだけ大きな工場なら、かなりの人数が働いているのだろうと思いました。
しかしながら、実際は「7人ほど」と聞いて驚きました。機械化が進んだ工場では、機械の状態を確認し、ボタンを操作しながら製造を管理していく。人が一つひとつ手を動かしてお茶をつくるのではなく、機械の力を最大限に活用することで、大量のお茶を効率よく生産しています。まさに現代的な工場です。
ところが、合理化を進める工場の中で、最後まで機械に任せられないものがありました。それが「味」です。全国どこで買っても、いつもの味がする。その品質 を守るために、最終的な判断をするのは人間の舌です。
その年の茶葉の状態を見ながらテイスティングを行い、味や香りを確かめていく。数値や機械だけでは判断できない部分を、人間の感覚で確かめています。
大量生産と聞くと、「均一化」という言葉を思い浮かべます。しかし、伊藤園さんの工場で行われていたのは、機械によって大量に製品をつくり・届けながら、最後のところでは人間の五感で品質を守るという仕事でした。

さらに驚いたのは、ペットボトルのお茶にも、その年の最初に摘み採られる「一番茶」が使われていることです。世界的な抹茶ブームや海外での日本茶需要の高まりによって、茶葉の需要が大きく変化している現在。原料価格が高騰するなかでも、品質を一定に保つため、一部の商品では一番茶を使い続けています。
機械による効率化と、人間の五感。大量に安定して届ける仕組みの中に、最後は人の舌で確かめるという工程が残っている。工場に入った瞬間に感じたお茶の香りも、テイスティングで確かめる味も、機械だけではつくることのできないものです。「いつものお茶」は、機械と人、それぞれの力によって守られています。
「さらさら」に隠された技術

伊藤園の「さらさらとける お〜いお茶 抹茶入り緑茶」シリーズは、水にさっと溶かして飲める粉末タイプのお茶。急須や茶葉を用意する必要がなく、家や職場でも手軽にお茶を楽しめる商品です。
急須で淹れるお茶は、茶葉を用意して、お湯を沸かして、じっくり淹れる。その時間も含めて楽しめる一方で、粉末茶なら水に入れてすぐに飲むことができます。そこでふと、「粉末のお茶なのに、なぜこんなにさらさらと溶けるのだろう」と気になりました。
田中さんに教えていただいたのが、粉末茶をつくる際の「スプレードライ(噴霧乾燥)」という技術です。お茶の抽出液を細かな顆粒状に加工し、植物由来のデキストリンを配合することで、水分が浸透しやすい構造をつくっているそうです。
「水に入れれば、さっと溶ける」。一見すると当たり前のように感じる便利さも、その裏側には、飲みやすさを実現するための細かな商品設計があります。

急須でお茶を淹れる時間を楽しむ人がいる一方で、忙しい朝や仕事の合間に、さっと一杯飲みたい人もいます。お茶の楽しみ方が変わっても、生活のなかでお茶が飲まれ続けるようにする。そのための技術もまた、お茶文化を未来へつなぐ一つの方法なのだと感じました。
伝統を守ることは、昔ながらの飲み方だけを残すことではないのかもしれません。変わり続ける生活に合わせて、お茶の楽しみ方をつくっていく。そんな挑戦もまた、伝統を守る一つの形なのだと思います。
荒廃農地を茶畑に変える
一方で、伊藤園が向き合っているのは、工場の中だけではありません。
静岡をはじめとする茶産地では、茶業従事者の高齢化や生産量の減少など、さまざまな課題を抱えています。どれだけ良い商品をつくろうとしても、そもそも茶葉を生産する人や茶園がなくなれば、産業そのものが続きません。

そこで伊藤園が取り組んでいるのが、荒廃農地などを活用した「新産地事業」です。
地元の自治体や事業者が主体となって大規模な茶園を造成し、伊藤園は茶葉の生産に関する技術やノウハウを提供する。そこで生産された茶葉を全量買取することで、生産者の安定 した経営を支えています。
荒廃農地を茶園として活用するだけでなく、地域に新たな雇用を生み、茶の栽培技術を次の世代へ伝えていくことにもつながります。「お茶を売る会社」が、お茶をつくる場所そのものを守ろうとしている。

ただ、田中さんからは、伊藤園だけの力では茶業の衰退を止めることはできないという現状も伺いました。企業の取り組みだけでは解決できないほど、産地の状況は厳しいということです。
工場で大量のお茶が生産される光景の裏側には、茶畑を守り、茶葉をつくる人たちの存在があります。その当たり前に気づかされたことも、今回の見学で大きかったことの一つです。
お茶と一緒に残すもの
そしてもう一つ、伊藤園の取り組みとして親しみがあるのが、「お〜いお茶」のパッケージに掲載されている俳句です。よく目にするこの俳句は、毎年募集される「伊藤園お〜いお茶新俳句大賞」の受賞作品。これまで37回開催されています。

お茶を飲みながら、ふと浮かんだ景色や感情を五・七・五の言葉にする。田中さんは、俳句を通じて、お茶とともにある日本の文化を残していきたいのだと話してくれました。
その話を聞いて、小学生の頃、学校の授業で俳句を書き、応募したことを思い出しました。何を書いたのかは覚えていませんが、「お〜いお茶」に俳句が載っていることは子どもの頃から知っていました。
お茶を商品として届けるだけではなく、お茶を飲む時間そのものを文化として残そうとしている。何気なく手に取っていたペットボトルにも、誰かの言葉が載っていた。そのことを思い出すと、お茶というものが単なる飲み物ではなく、暮らしの中にある文化なのだと感じます。
静岡茶の独自性とは

工場見学の後には、静岡茶ブランディングプロジェクトについて、伊藤園に長く勤めながら、個人でもお茶を研究されている水流和信さんを交えてディスカッションを行いました。
そこで特に印象に残ったのが、「静岡茶の 多様性」です。静岡には、天竜川、大井川、安倍川といった大きな河川が流れています。山間部から平地、海沿いまで、地形も気候も土壌も異なる。その土地ごとの環境の違いが、茶葉の味や香りにも影響します。同じ「静岡茶」でも、産地が変われば味わいが変わる。
さらに興味深かったのが、茶葉だけではなく「水」もお茶の味を左右するということです。
その土地で育った茶葉を、その土地の水で淹れる。土地と茶葉、水が重なることで、それぞれのお茶が持つ個性を最大限に引き出すことができるそうです。つまり、「静岡茶」という一つの言葉の中には、地域ごとに異なる無数のお茶が存在しています。

このお話を聞いて、静岡茶を一つのブランドとして発信していくことについて、改めて考えさせられました。「静岡茶」という名前を前面に出せば、全国の人にその魅力を伝えやすくなります。「静岡といえばお茶」という認知をつくり、静岡茶そのものの価値を高めていくこともできます。
一方で、分かりやすい一つのブランドにまとめようとするほど、「静岡茶はこういう味」という共通したイメージに寄せてしまう危うさもあります。本来、静岡茶の魅力は「一つであること」ではなく、「多様であること」なのかもしれません。
山のお茶、平地のお茶、川沿いのお茶。香りの立ち方や渋み、甘みも違えば、適した淹れ方も違う。その違いを知るほど、「静岡茶」という言葉だけでは表現しきれない奥行きが見えてきます。
だからこそ、ブランドとして一つにまとめるのではなく、「静岡茶」という大きな入口から、それぞれの産地やつくり手、土地の個性へと興味を持ってもらう。そんな伝え方もできるのではないかと思いました。

分かりやすくすることと、残すべき多様性。
どちらかを選ぶのではなく、静岡茶という大きな傘の下に、それぞれの土地の個性をどう残していくのか。今回のディスカッションでは、そんな問いが生まれました。
そしてお話を聞けば聞くほど、「静岡茶を知る」ということは、「静岡という土地を知る」ことなのだと感じます。実際にその土地へ行き、その土地で育った茶葉を、その土地の水で淹れて飲んでみる。同じ静岡茶でも、場所が変われば味が変わる。その違いを体験してもらうこと自体が、静岡茶のブランドになっていくのかもしれません。
一杯のお茶から、土地が見えてくる
工場では、機械が正確に動き、人の舌が味を確かめていました。工場の外には、茶畑を守る農家さんがいて、荒廃農地を茶園へ変える取り組みがあり、土地ごとに異なる茶葉が育 っています。
一杯のお茶の中には、製造技術だけではなく、そこに暮らす人たちの営みまでが重なっています。今回の工場見学で感じたのは、伊藤園という企業の「真価」は、お茶を大量に、安定して届ける力だけではないということです。

茶業の衰退という大きな課題に向き合いながら、品質を守り、飲み方を広げ、文化まで次の世代へつないでいく。そのために、工場の中でも、茶畑でも、商品づくりでも、地道な取り組みを積み重ねています。
そして、静岡茶をブランドとして考えるとき、僕たちが見つめるべきなのは「静岡茶」という名前だけではないのかもしれません。天竜川の水、大井川の流れ、安倍川の流域。その土地にしかない風土があり、そこでしか育たない茶葉があります。だからこそ、その土地へ出向き、その土地の水で淹れた一杯を飲んでみる。
静岡ではお茶が無料で出てくることも多いですが、お茶をただのお茶として終わらせない。その一杯の向こう側にある土地や人の物語まで伝わったとき、お茶の価値は、もう一段深くなるのではないでしょうか。
地方の現場には、まだ知られていない価値がたくさんあります。だからこそ、実際にその場所へ行き、人に会い、五感で感じる。一杯のお茶から静岡の風土を知った今回の訪問は、現場に足を運んでこそ見えてくるものだと、改めて教えてくれる時間になりました。
HONEインターン/森
ほねろぐとは
AIの急速な台頭により、私たちの世界は、目紛しい変化を遂げています。効率化が進むその影で、古きよき日本の文化や風景、人との繋がりが失われつつあるのも、悲しい現実です。
そんな時代だからこそ、我々株式会社HONEは地方に足を運び、先人たちが紡いできた伝統や、未来に残したい景色を記録します。
いつのまにか、地方の「ほんと」の姿が見えてくる。
町の暮らし。人々の想い。仕事の姿勢。
忙しない日常で忘れ去られた豊かさが、そこには息づいています。
気づけば、地方が近くなる。
現場でしか得られない骨太な体験を、お届けしていきます。
HONEについて

HONEでは、地方企業さまを中心に、マーケティング・ブランド戦略の伴走支援を行なっています。事業成長(ブランドづくり)と組織課題(ブランド成長をドライブするための土台づくり)の双方からお手伝いをしています。
大切にしている価値観は「現場に足を運ぶこと」です。土地の空気にふれ、人の声に耳を傾けることから始めるのが、私たちのやり方です。
学びや知恵は、ためらわずに分かち合います。
自分の中だけで完結させず、誰かの力になるなら、惜しまず届けたいと思っています。
誰か一人の勝ちではなく、関わるすべての人にとって少しでも良い方向に向くべく、尽力します。地域の未来にとって、本当に意味のある選択をともに考え、かたちにしていきます。



.png)