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四百年続く御宿【本陣】。十九代目の「守る」ための覚悟。【新潟県湯沢町】

公開日:

2026年1月20日

最終更新日:

2026年1月26日

四百年続く御宿【本陣】。十九代目の「守る」ための覚悟。【新潟県湯沢町】

2026年1月、新潟県湯沢町苗場にある歴史ある旅館「本陣」にて、3週間の修行をしてきました。ここは慶長15年創業、参勤交代の時代から大名たちの疲れを癒やしてきた、400年以上の歴史が積み重なる旅館です。


本陣は、江戸時代から続く伝統的なおもてなしを大切にしながら、現在はインバウンド客も多く訪れる時代の転換期にあります。19代目の若き後継「綿貫福太郎」さんが、従業員の方々と共に「新しい明日」を模索する現場を記録します。



綿貫福太郎さん
綿貫福太郎さん

綿貫福太郎さん

新潟県湯沢町「御宿本陣」の19代目。現在は総務として、400年続く宿の屋台骨を支えています。一度は家業から距離を置いた時期もありましたが、24歳で覚悟を決め、4年後の事業承継を見据える若き後継者。



家系と自分。名前を隠した20代前半


本陣外観
本陣外観

苗場で生まれ育つということは、幼い頃から「本陣の息子」という看板を背負うことでもありました。町を歩き「綿貫」の姓を名乗れば誰もが知っており、逃げ場のない視線を感じることも少なくありません。


地元のバーでどこ出身かと尋ねられても、適当な嘘をついてしまう。歳を重ねるにつれて、親の良い評判も、耳を塞ぎたくなるような噂も、届くようになってしまったからです。その嘘は、大きな看板に抗い、自分という個を守ろうとした、精一杯の反抗だったのかもしれません。


現実から逃避するため、目的もなく東京で過ごしていた20代前半。高卒で社会に出た自分に何ができるのか。履歴書の薄っぺらさに悩み、自分が何をしたいのかさえ見えない。霧の中を歩くような時期を、福太郎さんは過ごしていました。



自身の幸福と家を継ぐ決意


客室
客室

そんな福太郎さんが「家を継ぐ」と腹をくくったのは、24歳の時でした。

きっかけは、意外にも現実的で切実な、自分自身の幸せを問い直した結果だったそうです。


皮肉なことに、自分を雁字搦めにしていたはずの「地域の目」や「幼い頃から自分を知る社員さん」の存在が、実は自分を一番偽りなく、等身大で受け入れてくれる土壌でした。自分を良く見せようと、虚勢を張る必要などない場所。そこには、400年の歴史と、父が築いてきた経営基盤という、福太郎さんにしか持てない武器がありました。一番安定的に、そして等身大の自分で勝負できる場所が、実家である本陣だと気づいたのです。


一度心が定まると、それまで後ろから付きまとっていた重圧は、明確な「ゴール」へと姿を変えました。経営を学ぶためにビジネス学校へ通い、具体的な方針を立てることで、心の中にあったわだかまりが、嘘のように晴れていったといいます。かつては隠したかった「本陣」という名前が、今は守るべき旗印として、胸にしっかりと刻まれています。



湯に溶ける幸福


大浴場
大浴場

修行中、客室清掃の際に回収するアンケートには、宿泊客の素直な喜びが溢れていました。特に目立ったのは、「温泉に浸かっている瞬間に深い幸福を感じた」という声です。苗場エリアで、江戸時代からこの地の歴史を見守り続けてきた本陣の湯。冬の寒さに凍えた身体だけでなく、日常の喧騒で強張った心までをも、優しく解きほぐしていく不思議な力が宿っています。



建物や設備には、たしかに歴史相応の古さも残っています。しかし、その不便ささえも情緒として包み込むような温かなサービスが、ここにはあります。一人ひとりのニーズに応える多様な客室タイプと、丁寧にしつらえられた料理。歴史という看板に甘んじることなく、今を生きるお客様が、何に心地よさを感じるのかを問い続ける姿勢。その積み重ねが、400年を超えてなお愛される「本陣」の品格を作っているのだと実感しました。



400年の歴史と守るべきもの


寝室
寝室

19代という歴史は圧倒的です。しかし、福太郎さんはその数えに縛られてはいません。もし会社が立ち行かなくなり、社員の生活が危ぶまれるなら、建物を売ってでも守るべきものを守る。そんな、経営者としての冷徹さと温かさが同居した覚悟を持っています。「たまたま歴史のバトンが回ってきただけ」と笑う福太郎さんの言葉には、今を生きる社員への責任感が滲んでいました。


今後の展望は、単なる規模の拡大ではなく、不測の事態にも揺るがない基盤を作ること。そして、地元の友人や親戚、そして訪れるお客様が、何世代にもわたって「また来よう」と言い合える場所であり続けることです。

400年という時間は、そうした小さな約束の積み重ねだったのかもしれないと、福太郎さんの背中を見て感じました。



あとがき


福太郎さんと森
福太郎さんと森

修行を終えて湯沢を去る時、雪深い苗場の景色が、以前よりも少しだけ近くに感じられました。19代目という重責を背負いながらも、福太郎さんは「四百年という歴史よりも、今の社員が大事だ」と言い切ります。その言葉の強さは、伝統を軽んじているのではなく、伝統を「生きたもの」として次に繋げようとする、誠実な祈りのようでもありました。


歴史とは、ただ古いものが残ることではなく、その時代ごとの「守りたい」という意志が繋がること。本陣の暖簾をくぐれば、そんな温かな決意に触れることができます。


HONEインターン / 森

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