
昨年11月に書いた柳川市「白秋祭」の記事で、総延長930km(!)にも及ぶ柳川の掘割(水路)と北原白秋先生について書きましたが、今回は、その柳川のもう一つの象徴であり、旧柳川藩主・立花家の邸宅である「御花(おはな)」について書いてみたいと思います。
【過去記事】水郷の詩情を奏でる柳川、白秋祭水上パレードへ。【福岡県柳川市】
https://www.hone.jp/honelog/yanagawa-hakushu
御花は現在、国指定名勝でありながら宿泊や食事ができるという、全国でも類を見ない文化財です。

実際に現地に足を運び、宿に身を置いてみると、単なる美しいお屋敷というだけでなく、長い歴史の中で繰り広げられたドラマと、現代の地域ビジネスやブランドづくりにも通じる「本質的な強さ」を感じました。
「雷切」の伝説と、奇跡の復活を果たした立花家の功績
立花家と柳川の歴史を調べる中で強く感じたキーワードが、底知れぬ「タフさ」です。
そのルーツの一つが、戦国時代の猛将・立花道雪(戸次鑑連)と、彼が愛用した名刀「雷切(らいきり)」の伝説です。

炎天下で昼寝をしていた道雪のもとに雷が落ちた際、彼はとっさに枕元の刀を抜いて雷(雷神)を斬り払ったと伝えられています。
この一件で左足が不自由になってしまったものの、戦場では輿に乗って最前線で指揮を執り「鬼道雪」として恐れられました。困難を文字通り「切り拓く」凄まじいエピソードです。
そして、その養子であり初代柳川藩主となったのが立花宗茂です。

彼は豊臣秀吉から「九州の一物(九州随一の武将)」と絶賛されるほど文武に秀でた人物だったそうです。
関ヶ原の戦いでは西軍についたため、一度は領地を没収され浪人となってしまいますが、その武功や誠実な人柄が徳川幕府にも高く評価され、約20年の時を経て再び大名として柳川への復帰を果たしました。
関ヶ原で改易された後に旧領を完全に回復した大名・武将は、立花宗茂ただ一人と言われています。 この「一度すべてを失っても、信頼と実力で這い上がる」という奇跡の復活が、柳川の人々と立花家を結ぶ強固な絆の礎になっているんだろうと感じました。
白秋も詠んだ家紋「祇園守」が放つブランド力
夜、御花内にある大広間は開放されていて、なんとも形容の仕切れない静謐な空間が広がっていました。

その大広間に置かれた提灯のに描かれている特徴的なマークが、立花家の御定紋である「祇園守紋(ぎおんまもりもん)」です。
八坂神社の護符(お守り)をモチーフにしたもので、現在も『御花』を象徴するロゴマークとして使われています。
前回の記事でも触れた柳川出身の詩人・北原白秋は、この家紋について次のような詩を詠んでいます。
「祇園守 殿の紋祇園守を水草の何の花かとわれら夢みき」
お殿様の家紋が、水郷・柳川で暮らす人々の原風景やイマジネーションと深く結びついていたことがわかる美しい一節です。
400年前の武将のアイデンティティが、現代のラグジュアリーな宿泊体験のブランドロゴとしてシームレスに機能している点に、歴史の重みと洗練を感じました。
名勝「松濤園」と和洋折衷:アップデートされ続ける「おもてなし」
そして御花のハイライトと言えるのが、国の名勝にも指定されている日本庭園「松濤園(しょうとうえん)」です。

クロマツに囲まれ、大小の島々を配して大海を表現したこの美しい庭園は、約100畳の大広間から全体を隅々まで見渡せるように設計されています。

しかし、御花の面白さは「純和風」だけにとどまりません。
明治時代、立花家は要人を迎える ための迎賓館として西洋館を建て、当時まだ珍しかった自家発電まで導入してシャンデリアも設置していたそうです。
長崎県雲仙・小浜の記事で紹介した「小浜公会堂」の話とも通じますが、伝統的な日本庭園のすぐ隣に最先端の西洋建築を並べるという「和洋折衷のアンバランスなバランスな感覚」こそが、立花家のおもてなしの精神だと改めて感じました。
その精神は、現在の食事や空間づくりにも色濃く受け継がれています。
朝食のお献立にある「日本一の干満差(6メートル)が生む有明海の海苔」や、立花家にゆかりのある農場で誕生した「三池高菜」など、地の利と歴史を存分に活かした食体験が味わえます。

さらにお部屋で提供されている「越山餅」は、幕末の文久元年(1861年)にお殿様が名付けたという160年以上の歴史を持つ銘菓。

空間の至る所に、柳川の風土と藩主のストーリーが散りばめられています。
まとめ
「御花」での体験は、単なるハイエンドな旅館への宿泊ではありません。
領地を失っても這い上がった強靭なルーツを持ち、時代に合わせて西洋文化も取り入れてきた「400年続くベンチャー企業(大名家)」のようなエネルギーに直接触れる体験だと言えます。
自らのコア(祇園守紋や松濤園)を大切に守りながらも、現代の人々に響く価値へと変換し続ける姿勢。地域ビジネスやまちづくりに関わる人間として、柳川という町と御花から学ぶべきことは尽きません。
柳川藩主立花邸 御花

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