
7月17日(金)、静岡市の老舗料亭・浮月楼で、静岡茶と和食のフードペアリング研究会を開催。
料理とお茶を組み合わせることで、無料で出されるお茶の価値をどう高められるのか。実験の狙いと参加者の反応をまとめました。
静岡のお茶はそのまま飲んでも大変おいしいですが、そこから食体験を拡張する「ペアリングの主役」へと進化をしたときにどうなるのか。今回の研究会では、参加者が7品の和食と多様な静岡茶を自由に組み合わせ、それぞれの相性や味わいの変化、そして今後のメニュー化の可能性について、研究会を行いました。
単なるアンケートの点数集計・報告ではなく、現場でリアルに起こった味覚の変化や、当日の熱量をお伝えします。

舞台は「徳川慶喜公屋敷跡」。静岡の歴史と文化が息づく「浮月楼」とは
今回の会場となった「浮月楼(ふげつろう)」は、JR静岡駅から徒歩数分という街の中心地にありながら、一歩門をくぐると別世界のような静寂と豊かな自然が広がる、静岡を代表する老舗料亭です。
その最大の魅力と価値は、なんといってもここが「徳川慶喜公の元屋敷跡」であるという圧倒的な歴史的背景にあります。
大政奉還後、江戸時代最後の将軍である第15代徳川慶喜公は、明治2年(1869年)から明治21年(1888年)までの約20年間、この場所(当時は紺屋町の元代官屋敷)で暮らしていました。

当時の敷地面積は約4,500坪以上と現在の倍近くあり、その半分以上を占める庭園には大小の池が配されていたそうです。
慶喜公はここで、市内の川や沼で鴨を追い、伊豆の天城 山まで猪を求め足を伸ばたり、鷹狩りや銃猟に夢中になったりするなど、趣味に生きる「自適の日々」を送っていたと伝えられています。
さらに、油絵や、当時最先端だった写真撮影(写真師・徳田孝吉の指導のもと、構図からこだわって撮影)といった文化的な活動にも没頭し、静岡の美しい風景を自らの目とファインダーを通して記録していました。
また、慶喜公は和の伝統を重んじる一方で、西洋の文化や技術を誰よりも早く、そして柔軟に取り入れた人物でもありました。幕末にはフランス人料理人を雇い入れ、欧米からの賓客を洋食でもてなしたという記録も残されています。

その後、明治24年(1891年)に「浮月亭(後の浮月楼)」として料亭が開業し、現在に至るまで130年以上の歴史を紡いできました。
現在の敷地面積は約2,200坪。近代日本庭園の先駆者とも言える名作庭家・小川治兵衛(おがわじへえ)が礎を築き上げたとされる見事な「池泉回遊式庭園(ちせんかいゆうしきていえん)」が広がり、間もなく咲く花や散りゆく花、草木のうつろいを通して、訪れる人々に四季の美しさを伝えています。
近年では建造物が国の登録有形文化財にも登録され、まさに静岡の歴史・文化・美食の象徴とも言える場所として愛され続けています。
なぜ、私たちがこの場所で「静岡茶フードペアリング研究会」を行なったのか。
それは、「浮月楼の料理・歴史・空間」という圧倒的なコンテクストに「静岡茶」を掛け合わせることで、食事の枠を超えた『静岡らしさを全身で体験する唯一無二の時間(=ガストロノミー)』が生まれると感じたからです。
伝統を守りながらも革新(西洋文化)を受け入れてきた慶喜公の息吹が残るこの場所こそ、和食とお茶の新たな可能性を探る実証実験の舞台として、これ以上ないほどふさわしいと思っています。
あえて 「正解」を用意しない。ペアリングは自分で探す研究会スタイル
今回の研究会の最大の特徴は、あらかじめ「この料理にはこのお茶が合います」という作り手側の正解を用意しなかったことです。
会場には、ずらりと並んだ急須や茶器と、多種多様な静岡茶が用意されました。
参加者には研究シートが配られ、自らの舌と感性で、気になる組み合わせや意外な発見、商品化の可能性を自由に書き留めていただきました。

私たちが日々のマーケティング支援において大切にしているのは、机上の空論や事前の仮説(思い込み)だけで完結させないことです。
実際にみなさんが味わったり、体験した瞬間に動く「感情」や「好みの変化」といった一次情報こそが、事業を前進させる最大のヒントになると信じています。
今回も、事前に想定していたペアリングの枠を大きく超える、参加者ならではの自由な発想と味覚による新たな発見が次々と生まれることになりました。

参加者の心を最も動かした「鮪手毬寿司」の可能性
全7品の料理の中で、参加者から「最も印象に残ったペアリング」として最多の支持を集めたのが「鮪手毬寿司(漬けまぐろの寿司)」でした。

非常に興味深かったのは、参加者が選んだお茶が「香駿」「くきほうじ茶」「つゆひかり」「くき茶」と、バラバラだったことです。
特定の茶葉との相性が良かったという一元的な評価ではなく、「鮪の旨み、酢飯の酸味、醤油の香りに、お茶の要素が加わった瞬間に起きる、口の中での劇的な味の変化」そのものが、参加者に鮮烈なインプレッションを与えた結果だとも言えます。
アンケートには「料理の強さに負けないお茶が必要」「鮪の旨みがお茶によって増幅された」といった声が寄せられました。ペアリングによるダイナミックな変化を体感させる「キラーコンテンツ」としてのポテンシャル が見えた結果となりました。
「静岡らしさ」でメニュー化の期待を背負う「遠州和え」
一方で、「浮月楼のメニューとしての可能性」を最も強く感じさせたのが「遠州和え(うなぎと山葵漬け)」です。

うなぎ、山葵、そしてお茶。これぞまさに静岡のテロワール(地域性)を体現した一品です。
参加者からは「お茶によって、うなぎの脂や後味がすっきりした」「山葵の辛みとお茶の香りがつながった」と高く評価されました。合わせるお茶も、玉川在来、つゆひかり、香駿、ほうじ茶など、個性の強いお茶や後味をスパッと切るお茶が選ばれており、「うなぎの脂をお茶で整える」というペアリングの意図が、非常に分かりやすく伝わった結果となりました。
実際のメニュー化を考える際、こうした「ストーリーの分かりやすさ」「静岡らしさ」は、満足度を上げる強力な武器となりそうです。
現場から生まれた、想定外の新たなマリアージュ
事前の仮説にはなかったものの、参加者の自由な組み合わせによって高く評価されたペアリングもありました。それが以下の2つの組み合わせです。

■ しらすと青菜浸し × く き茶
事前には足久保茶や本山茶の水出しなどを想定していましたが、現場で支持を集めたのは「くき茶」でした。「しらすの塩味や出汁感に、くき茶の甘みと旨みが寄り添う」「お茶の主張が強すぎず、全体のバランスが良い」と、繊細な和食に寄り添うくき茶のポテンシャルが証明されました。

■ 白身紫蘇チーズ香煎揚げ × 香駿
当初は桜葉のような香りを持つ「まちこ」を想定していましたが、参加者の心を多く掴んだのは「香駿」でした。「紫蘇の香りと香駿の香りが口の中で丸く広がる」「魚とお茶、それぞれの香りが合っている」という声があり、香りのある料理に香りのあるお茶を重ねる、というペアリングの方向性が高く評価されました。
他にも、「角揚げ豆腐田楽」の甘い味噌に「ほうじ茶」の香ばしい焙煎香を同調させる分かりやすい組み合わせや、「抹茶水まんじゅう」にボトリングティー「IBUKI」を合わせて余韻を引き立てる贅沢なデザート体験など、現場ならではの多角的なデータを得ることができました。

誰に届けるべき体験か? 見えてきたターゲットと未来
「この体験を誰にすすめたいか?」というアンケートに対し、最も多かった回答は「観光客」と「インバウンド」でした。次いで「お茶好き」「食好き」と続きます。
日常的に静岡茶に触れている地元の方々だけでなく、県外や海外から静岡を訪れた人に対して、浮月楼の歴史ある空間と料理を通じて「静岡らしさ」を体験してもらう。単なる「食事の提供」ではなく、「地域の歴史と文化を味わうガストロノミーツーリズム」としての大きな価値があるという証 左です。

今後のイベント展開として、「最初におすすめの組み合わせを提示し、その後に参加者が自由に組み合わせる形式」や、「県内産地別の飲み比べ」など、参加者のみなさんの主体性を引き出し、よりエンターテインメント性を高めた体験設計のアイデアも寄せられました。
まとめ:次なるフェーズへ
今回の研究会では、参加者が自由に試行錯誤することで、事前の想定を超える意見を多数得ることができました。これらの意見は現場で体験し、直接ディスカッションすることでしか得ら れない一次情報です。
今後は、この結果をもとに以下の点を検証・磨き込みしていく必要があると思っています。
茶葉の種類だけでなく、抽出温度・濃さ・提供順のベストプラクティス設計
料理を引き立てるお茶と、お茶を印象づける(主役にする)料理の役割分担
観光客やインバウンドに向けた、静岡の物語を伝える分かりやすいオペレーションの構築
浮月楼での洗練された和食と、静岡が誇る多様な茶葉。この2つが重なり合ったとき、静岡でしか味わえない唯一無二の食体験が完成すると感じました。
今回の熱量ある結果をベースに、研究会は更なる進化を遂げていきたいと思います。
イベント協力
(公社)静岡県茶業会議所
徳川慶喜公屋敷跡・浮月楼

HONE / 桜井
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